短編『殊隣』

短編『殊隣』は、七人の少女が現代の殊隣を遊ぶ一日を描いた物語である。

作中では、薄い青の印を受け取ったネネが、かつて「殊」とされた少女は共同体から追放されたという話を聞き、自分がここにいてよいかを仲間へ問う。遊びの終わりに全員の名前を呼ぶ作法が、名前を残されなかった少女への応答だったのではないか、という語り手の想像で結ばれる。

本項は提示された小説を作品として収録するものである。作中の人物・出来事・古い殊隣の記録は、作品内の記述であり、それだけで世界の確認済み史実になるものではない。

提案する理由

殊隣の記事は遊びの規則、排除システムだった起源、現代的な反転、終了時の呼名を概念として整理している。本作は、それらが少女たちの日常会話や感情にどのように現れるかを示す物語資料である。

概念記事と小説本文を分けることで、設定上の確定事項と創作内の描写を混同せず、作品そのものを原文の形で保存できる。

概要

七人の少女が円になり、六つの白い石と一つの薄青い石を使って殊隣を始める。自分の印を見ることはできず、他者の反応から自分が「殊」かどうかを推測する。

ネネは自分が殊だと気づくが、遊びの途中で古い殊隣の追放について考え始める。「私はここにいていい?」という規則外の問いに、語り手は印が違ってもよいと答える。

公開後、少女たちは石を混ぜ、全員の名前を一人ずつ呼ぶ。語り手はこの作法を、昔、名前を呼ばれないまま去った少女の記憶と結びつけて想像する。

作品内で示される事項

以下は小説本文の内容であり、世界全体の確認済み事項とは区別する。

  • ミウ、リセ、ユラ、ネネ、語り手を含む七人が殊隣に参加する。
  • 六つの白い石と一つの薄青い石を使う形式が描かれる。
  • ネネがその回の「殊」となる。
  • 少女たちは、古い殊隣では殊になった少女を共同体の外へ出したという話を知っている。
  • 古い記録には追放された少女の名前がほとんどなく、「殊、一名」とだけ記されるという。
  • 遊びの最後に、参加者全員の名前を呼び、応答を確かめる。
  • 語り手は、呼名作法が名前を残されなかった少女と関係する可能性を想像する。

解釈・仮説

排除の反転

かつて違いを排除へ結びつけたとされる仕組みが、現代では「違っていてもここにいてよい」と確かめる遊びへ反転したことを描く作品と解釈できる。

他者の視線と自己認識

自分の印を直接見られず、他者の視線から自分の位置を知る規則は、個体同一性問題や、他者の認識によって自己像が作られる不安と関係するように読める。

呼名の意味

結末の呼名は、一時的な分類を解く作法、現在ここにいる少女を確かめる作法、過去に名を残されなかった少女への追悼などとして解釈できる。ただし、いずれも作品内の示唆または読解であり、由来は確定していない。

未確定事項

  • 作品の語り手の名前
  • 七人全員の名前
  • 作品内の場所と年代
  • 登場人物が既存記事の人物と同一か
  • 作中で言及される古い記録の実在
  • 「殊、一名」という表記が実際に使われたか
  • 古い殊隣で追放が行われた地域、時期、理由
  • 追放された少女の名前が意図的に消されたか
  • 現代の呼名作法と古い追放との歴史的関係
  • 本作が世界内で書かれた文書か、世界を描く作品か

原文ママ

殊隣

「殊隣、しようよ」

そう言ったのは、ミウだった。

七人で円になった。

中央には白い布が敷かれ、その上に七つの小さな石が置かれている。

六つは白。 一つだけ、薄い青。

けれど、どの石を受け取ったのか、本人には分からない。

石は細い紐で首の後ろに結ばれる。自分からは見えず、ほかの六人からはよく見える。

「見ちゃだめだよ」

「見えないって」

「前にリセ、玻璃窓に映して見たじゃん」

「あれは事故」

笑い声が起きた。

私はみんなの首元を見た。

白。 白。 白。

ミウも白。

向かいに座ったネネだけが、薄い青だった。

だから今日の殊は、ネネだ。

ネネが私を見た。

「ねえ。私、あなたと同じ?」

殊隣では、印を直接教えてはいけない。

私は少し考えてから答えた。

「似てると思う」

「似てる、かあ」

ネネは不満そうに頬を膨らませた。

隣の少女が笑う。

いつもの殊隣だった。

質問して、かわして、誰かが嘘をついて、嘘を見破ったと思ったら、それも嘘だった。

やがてネネは、自分が殊だと気づいた。

「分かった」

ネネが得意そうに胸を張る。

「今日、私が殊でしょ」

みんな笑った。

「さあ?」

「その顔! 絶対そう!」

ネネも笑った。

そのとき、私はふと尋ねた。

「ねえ」

「なに?」

「昔の殊隣って、知ってる?」

笑い声が止まった。

ミウが私を見る。

「昔?」

「古いやつ」

「ああ」

ミウは知っていた。

「殊になった子を、本当に外へ出してたってやつ?」

「そう」

ネネが自分の首元へ手を伸ばしかけて、やめた。

まだ印を見てはいけない。

「それ、本当なの?」

誰も答えなかった。

昔のことだから。

記録員のところにも、はっきりした資料は残っていないという。

ただ、殊隣はかつて遊びではなかった。

一人を殊とする。

そして、その少女を共同体から外す。

なぜそんなことをしたのかは分からない。

「じゃあさ」

ネネが言った。

「昔だったら、今日、私が追い出されるんだ」

誰も笑わなかった。

「まだ自分が殊って決まってないよ」

私が言った。

「分かるよ。みんなの顔見てれば」

ネネは六人を順番に見た。

それから、少しだけ笑った。

「こういう感じだったのかな」

「なにが?」

「昔の子も」

風が吹いた。

七人の髪が揺れた。

白い布の端がめくれ、その下から土が見えた。

「自分の印は見えないんでしょう?」

ネネが言った。

「うん」

「なのに、みんなが自分を見る目で分かっちゃう」

誰も答えなかった。

「変なの」

ネネは笑った。

「自分が何なのか、みんなの方が先に知ってるんだ」

私は急に、殊隣をやめたくなった。

「もう公開しよう」

「まだ早いよ」

「いいじゃん」

私はネネの首の後ろへ手を伸ばした。

ネネが身体を引いた。

「だめ」

「どうして?」

「最後までやろうよ」

そして、次の質問が始まった。

「私はここにいていい?」

反則だった。

印について尋ねる遊びなのだから。

「そういう質問じゃないでしょ」

ミウが困ったように笑った。

「でも答えられるじゃん」

ネネは私を見た。

私は答えた。

「いいよ」

「印が青でも?」

「うん」

「私だけ違っても?」

「うん」

ネネは少し考えた。

「じゃあ、昔の子には、どうしてそう言わなかったんだろう」

また、誰も答えなかった。

昔の少女たちのことなんて知らない。

その子たちが残酷だったのか。

何か理由があったのか。

本当に殊隣で少女を追放していたのか。

それすら分からない。

ただ一つだけ、不思議なことがあった。

古い殊隣の記録には、追放された少女の名前がほとんど残っていない。

記録には、

殊、一名。

とだけ書かれている。

私はその話をした。

ネネは黙った。

しばらくして、小さく言った。

「名前、あったはずなのにね」

「うん」

「呼ばれてたはずなのに」

「うん」

「じゃあ、消したんだ」

「分からない」

私はすぐに否定した。

「分からないよ」

ネネはうなずいた。

殊隣を再開した。

今度は誰も嘘をつかなかった。

だからすぐに終わった。

全員が自分の予想を告げる。

最後にネネが言った。

「私は、殊」

石を外した。

六つの白。

一つの青。

やっぱりネネだった。

「あ、私だった」

いつもの言葉。

ミウが答える。

「うん。今日はネネが殊だったね」

そこで終わらない。

石を中央へ戻す。

白も青も一緒にする。

誰の石だったのか分からなくなるまで、布の上で混ぜる。

そして、最後の作法。

名前を呼ぶ。

一人ずつ。

「ミウ」

「はい」

「リセ」

「はい」

「ユラ」

「はい」

名前が円を一周していく。

やがて私の名前も呼ばれた。

「はい」

私は答えた。

最後に、ネネだけが残った。

私は彼女を見た。

首元にはもう何もない。

白でもない。

青でもない。

殊でもない。

「ネネ」

私は呼んだ。

「はい」

彼女が答えた。

それだけだった。

なのに今日は、その返事が妙に大きく聞こえた。

帰り道、ネネが私の袖を引いた。

「ねえ」

「なに?」

「昔、追い出された子にも、最後にこれやったのかな」

私は答えられなかった。

ネネも答えを求めなかった。

二人でしばらく歩いた。

やがて道が二つに分かれた。

「じゃあ、また明日」

「うん」

ネネが遠ざかっていく。

私はその背中を見ながら、今日初めて考えた。

殊隣の最後に名前を呼ぶのは、

ここにいる少女を確かめるためではないのかもしれない。

ずっと昔。

名前を呼ばれないまま歩いていった、一人の少女がいた。

誰もその名前を覚えていない。

だから私たちは今でも遊びの最後に、

一人も残さず、

名前を呼ぶのかもしれなかった。

関連項目